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 今回は師匠の話。
一人で黙々と練習し今の速さを勝ち得た人もなかにはいる。よほど才能があるか、はたまた人並みはずれた努力家か。自分がどちらも持ち合わせていないと思うなら、教えてくれる人を見つけるに限る。その教えてくれる人のことを、スポーツや演芸の世界ではよく「師匠」と呼ぶ。スポコンものには必要不可欠である。古風な師匠は自分の技術や知識を決して安売りしない。「背中を見てろ」とか「盗め」とかいって具体的直接的指導はなく、弟子が一人前になるときは、師匠が他界したときなんてことはよくある。

そんな偉い師匠を持つ必要はまったくない。私がいう師匠とはもう一寸親近感のある師匠である。
私が思う師匠の条件は、
・自他共に認める、自分よりうまい人。上級イベントにも出てる(又は出てた)人。
・バリバリマシンじゃなくても速い人。
・同じ車種か、同じ駆動方式を乗ってる人。
・年上が望ましい。
・比較的ご近所さん。遠距離恋愛は関係を維持するのに大変。
・練習熱心な人。一緒に練習いってくれる人。
・親切、丁寧、誠実な人。変わり者でもかまわない。
・知識と経験がより豊富な人。
思い当たるところでこんな感じである。

そして、もっと重要なことが弟子となるべき人の条件である。
・適度な礼儀をわきまえながらも貪欲に師匠に教えを乞う人。
・練習熱心でがんばりやさん。
・師匠とのテクニックの差が最重要課題だと認識してる人。
・目標を持っている人。

師匠の条件は知ってても、弟子の条件を理解してない人がいる。どうして弟子の条件が必要なのか。それは師弟関係の目的が弟子の成長にあるからである。成長しなければならない弟子が、自分のあるべき成長を理解しなければ、ただ図体のでかいでくの坊になってしまうからである。弟子の条件をそっちのけで、師匠を探したり、頼ったりしてはいけない。また、そんな弟子の師匠は適当なことを教えて、偉そうにしてるだけである。もちろん自分がそんな弟子をもつ師匠にもなっちゃいけない。
条件にかなう弟子は、成長をもって師匠を喜ばせることができる。師匠への最大の報酬なのだ。師匠を喜ばせたいと思う気持ちが弟子の原動力になり、弟子を喜ばせたいと思う気持ちが師匠の原動力になったなら最強の師弟関係が築けるのである。

人は教えてもらわなければ成長しない。ジムカーナで速くなりたければ、教えてもらうことだ。自分ひとりでは限界がある。練習で何本走っても、どう走ってもタイムがそれ以上出ない時に、それが自分の壁だということに気づいていない場合が多い。それが、車の壁だと勘違いしている人も多い。同じ車を師匠が運転したらどうなる?たとえば山野選手が運転してくれたらどうなる?そう考えれば簡単に自分の壁に気づく。自分の壁を破るのは大変だが、師匠は壁を打ち破るヒントを教えてくれるのである。それが速いドライバーになるための一番の近道だということを約束する。車の壁にすりかえてしまうとかなり遠回りをすることになるよ。

そしていつか必ず弟子が師匠を追い越すときが来る。そのとき、笑顔で見送られるようになろう。

師匠とか弟子とかという言葉は堅苦しいが便宜上この言葉を使った。「ジムカーナがうまい先輩」と、「まじめでかわいい後輩」程度のニュアンスで理解してほしい。そして私は「ジムカーナが(ちょっと)うまい先輩」として皆さんのお役に立てれば幸いである。
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3 「師匠をつくれ」 2003年5月12日