Report
記念すべき創刊号。自己紹介もかねて私のジムカーナの出発点の話をします。
18年前の学生時代、父の1400ccFRサニーで週末箱根に通っていたころの話。
サニーターボルプリに乗ってた先輩がいて、その人がとにかく速い、いや当時の私の目から見て速かったのです。その先輩がジムカーナに出場すると聞いて、応援に行ったわけです。それがジムカーナとのファーストコンタクト。場所は富士の?パドック。もちろん大活躍するだろうと信じてた。ところが、その日優勝したのはKPスターレット。人間離れした曲芸のような動かし方で、先輩も含めた大排気量車たちを見事に切って捨てたのです。めちゃくちゃかっこよかった。私もみようみまねでサイドターンの練習なんかして。。。。

勇気を出して、エントリーしたのはそれから1年後ぐらい。ずーと気になって、PD見てはでよっかなー、どーしよっかなーと悩んでた。当時ポテンザカップと言えば、ビギナーのビッグイベントでちょうど今のG6や筑波ビギナーに似てるかな。BSはいて、基本的な安全ルールを守ればOK。そのころライセンスなしのクローズドクラスが一番人気で50台以上いたと思う。場所は江ノ島特設会場。砂まみれのアスファルトに古タイヤで囲いをして、ICCの上段ほどの広さにパイロンは30本!ぐらい。超テクニカルコースで、しつこいぐらい長いスラローム、めちゃくちゃ狭いエリアでのサイドターンが何箇所もあった。サイドターンできない人は必ずバックしなくちゃいけない。そんなコースをAE86森田名人は自由自在に操ってデモ走行を見せ付けてくれた。唖然!を通り過ぎ驚愕!!ショックだった。

私のいでたちは、学校の作業ツナギにいぼ付軍手、原付に使ってたヘルメット、運動靴。パドックは軽自動車からクラウンまで、まるでジャスコの駐車場。
申し込みするだけで緊張したのだから、出走前の緊張たるや息もできないくらいだった。
スタート!とにかく覚えたコースをパイロンよけながら無我夢中でハンドル切って、ブレーキ踏んで、サイド引いてゴール。結果は14位。14位でもトロフィーと副賞もらって。とにかくうれしかった。これが私のジムカーナの出発点。

今をときめくスーパースターたちも、ミスコースしないように無我夢中だった時があったはずである。同じようにハンドル切ってブレーキとアクセルを操作すれば、スーパースターと同じタイムを誰でも出せる。単純明快な原理だ。私は運動神経も悪いほうだし、得意なスポーツもない。才能のあるなしは関係ない。トレーニングすれば誰でも速くなれるのである。
何年たっても速くならないとお悩みの方!それは、君が悪い(才能がない)のではない、トレーニングの仕方が悪いのである。ぜひ、夢と希望をもってチャレンジしてほしい。

私は最初の10年間はまったく進歩が無かった。ところがあることがきっかけで大躍進したのである。それは次回のお楽しみ。
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1 創刊号「初めはみんな一緒」 2003年4月21日