2009年2月28日(土)

 今週は、めっちゃ仕事しました。しかも風邪ひいちゃって咳と鼻水が止まらず、病院でもらった薬とゼナ飲みながら日付が変わるまで毎日。体脂肪率1ケタになったんじゃないかと思うほどゲッソリです。
 差し入れ下さった皆様がた、本当にありがとうございます。お食事デートの帰り道にテイクアウトの焼きそばをわざわざ持ってきてくれた○子、愛してるよ。みんなの差し入れがなかったら私は車の下で孤独に餓死を水曜日ぐらいに迎えていたことでしょう。おかげさまで今週もなんとかお預かりしたお客様のご要望にお応えできるめどが立ちました。今晩ざっとお返しして、明日3台お預かりして・・・まだまだ続く。ありがとうございます。まだまだガンバルンバですんで、よろしくお願い申し上げます。

2009年2月27日(金)

 朝目覚めると、体が、鉛のようです。
年々この時期に老いを感じる。オイオイ。
先日なんかね。
リトルジョンを我慢しながら作業のきりのいいところまでって。
ぬあぁぁぁぁ、このネジ締めたら!
ブルブルブルブル、あとちょっと!
よっしゃ!トイレ!

はぅあっ!

コックのパッキンが老朽化しているんでしょうか。
開栓のタイミングが多少フライング気味なんですもん。

2009年2月26日(木)

 先週の宇都宮地区のベストセラー本第3位は!








あきらかに組織票です。全国ではランク外です。


 みんなの期待を裏切る話題で始めてみました。
私は角膜炎なんかになってないので訴える予定は今のところありません。
まだ今日はメールを開いていないのですが、おそらく皆さんのことでしょうから、ご心配いただくメールをサーバーがパンクするんじゃないかと思うほど頂いてるかと思います。

・おぢちゃんだいじょうぶぅ?しんぱいでちゅぅ〜(涙)
・エグゼさんが心配でなかなか寝付けずこうしてメールを書いてます(涙)
・だから私は反対したのに・・・もぉ、おバカなんだから・・・
・万が一の時は私が貴方の目になって差し上げたい。

きっと、全員に返信できないと思いますんで、この場を借りてお伝えいたします。

愛すべき淑女のみなさん!私はだいじょうぶです!
ご心配いただき誠にありがとうございます!!(感激〜)

では、お仕事始めますね♪
まずはメールチェック、と・・・Wクリック♪


受信トレイ(1)


角膜炎で見えなかったことにして、そっと×をクリック。

2009年2月25日(水)

 線路は続くよどこまでも。仕事も続くよどこまでも。
ありがとうございます。おかげ様で長男の受験が終わったらぱーっとどっかに連れていってやろうかと思います。
「ぱーっとどっかに行こうぜぃ」
「どこに?」
「しゃぶしゃぶとかどう?ノーパンしゃぶしゃぶ」
「・・・・・」
「パンチラ回転寿司は?」
「じゃ、学校行くね」

父親に完全シカト決め込むお年頃になりました。
受験まであと何日か知りません。

2009年2月24日(火)

 ほらね。だからいいって言ったじゃん、おくりびと。
あ、はじめて言うんだっけ?便乗じゃないよ。マジでずっと前からいいと思ってったって。公開前からいい映画に違いないって思ってたって。だっておくりびとだょ。送る人だょ。いってらっしゃ〜、早く帰ってきてね、ちゅっ♪ってエプロンの下は裸だょ、あの広末がっ!!

忙しさの余り錯乱しているようです。
うん、見てないけど。

実は公開当初、タバコ屋のババァをこの映画に誘ったのですが断られました。
「イヤだよ、あんなじめじめした映画なんか」

送ってやろうかと思いました。

2009年2月23日(月)

 ウィルスセキュリティーソフト不調につき
本日の更新はお休みとさせていただきます。

オードリー春日と皇太子さまって似てるよね?

2009年2月22日(日)

 なにやら一部では私がセブンを売却してエキシージ買った?みたいなデマが流れているようですが、ゆぅよねぇ〜。めっちゃホリデー♪



 このホンダ純正ボンネットは100万円です。
NSXの開発に携わった人の話によると、自分の年収が10倍になったつもりになって考えるそうですよ(笑)。まんまドリームカーですね。

2009年2月21日(土)

 えーとですね。今の状況を簡単にご説明させていただくとですね。
今週3台仕上げて、外に手付かずのが4台あって、今日1台来て、今日2台仕上げて、明日3台入って来ます。
−3+4+1−2+3=+3

死ねるけど、心おきなく死ねないね。
ありがとうございます。
 一部のお客様には納期の面で大変ご迷惑をおかけしておりますが、ご理解ご協力をお願いしまして、ホントごめんなさいです、はい。

 全日本第1戦のことをすっかり忘れて3月も仕事みっちり入れちゃってたことに昨日気付きました_| ̄|○

2009年2月20日(金)

 あんなに愛してるって言ってたのに。
なんで急に冷たくなっちゃうの?
つい先日は夏日だったよね?
夏日だったよね?
あれは嘘だったの?
なんで・・・
なんで急に雪?

やはり地球はご乱心のようです。

2009年2月19日(木)

 ごっくん♪大臣が居眠りしてクビですから、私なんかくしゃみもできませんよ。それにしても誰の意向でクビなんですかね。国民の大半はどうでもいいから明日から真面目に仕事してくださいって思ってるはずですが。簡単にクビになんかしたら、あぁ結局大臣なんて誰でもいいのかぁ、じゃぁ俺でもできるかなぁ、とか思ってしまいます。
 くしゃみといえばすっかり花粉症のシーズン来襲ですねぇ。街ゆく人々の43%ぐらいはマスクをしています。昔は風邪でもないのにマスクなんてナメ猫ぐらいしか知りませんでしたが、今じゃ増殖し続けるマスク勢力に押され気味です。私は今年も原始人のDNAのおかげで免れてますので、このまま免れ続けて最後の非マスク戦士になるまで戦い続けようと思います。では、薬飲み過ぎて会議中に居眠りしちゃってクビになりませんように。あ、そこの貴方、今マスクの下で垂れた鼻水をごっくん♪しましたね。いえ、あくまでたしなむ程度です。お仕事がんばってください。お見舞い申し上げます。

2009年2月18日(水)

 第三回ジムカニアン川柳2009結果発表!


最優秀賞
勝ち報告! いいから帰りは 何時なの?  家庭不和

優秀賞
会心の 次のパイロン ミスコース  ぢた
「ヤマないよ」 見る人変われば 「ヤマあるよ」  らくだ園長



以上の3作品に決まりました(^0^)/
その他佳作も9作品あります。
おめでとうございま〜〜〜〜〜す♪

今回は審査委員の票が割れまして、殴り合いの喧嘩になるところでした。

ご参加いただきました皆様、審査員様、閲覧頂きました皆様。
誠にありがとうございます。

受賞された3名様には後ほどメールで連絡いたします。
ふるさと小包なにがいい?

第三回ジムカニアン川柳2009全作品集

2009年2月17日(火)

 おかげ様で多忙です。
ター坊じゃありませんし、ヤン坊マー坊でもありません。
ましてや麻婆春雨丼でもありません。

第三回ジムカニアン川柳2009の審査結果は明日発表いたします!
もしかして俺のが最優秀?まさかぁ。でも、あれだけ送ったんだから優秀賞ぐらいもらえたりして。なはっ♪などと儚い夢でも見てるがいい。

2009年2月16日(月)

 裏庭に梅が咲きました。
正確には、裏の家の庭に。
ぶっちゃけ他人ち。



紅白そろって、こりゃ春から縁起がいいねぇ〜(^0^)/

2009年2月15日(日)

 まぎれもなく I LOVE YOUんだよ I WANT YOUんだよ
紫SHIKIBUんだよ。


読書んだよ。
■「東京DOLL」 石田依良


 主人公の名はMG。日本人なのに・・・えむじーって。マスター・オブ・ゲームと言っても高橋名人ではありません。天才ゲームクリエイタ-の相良は新作のモデルにコンビニで働くヨリを選んだ。背中に天使の翼のタトゥを描いたヨリは映像モデルとしてMGの人形となった。そして二人はLOVEんだよ。
 夜の都会、クリエイター、セレブ、影を持つ女、COOLで優しい男・・・私と対局の依良ワールドですが別に憧れがあるけじゃありません。ちょっとHな描写があるのでお子様の手の届かない所に保管して下さい。

2009年2月14日(土)

 昨日の昼メシは、つい出来心でモツ煮スパゲティーを作ってしまいました。
絶対に真似しないでください。残念なことになります。
あぁ〜そういえば今日はバレンタインデー?(遠くを見つめながら)


第三回ジムカニアン川柳2009!
作品紹介〜


多数のご応募、ありがとうございます!
全148作品のご応募頂き、エグゼ倫理審議会で弾かれた1作品を除く147作品のエントリーをご紹介いたします。どれも素晴らしい作品ばかりです。ぜひご家族揃って一読いただきたく存じ上げます。
 俺はこれがいいなぁ。うっそ、私はこっちの方がぜんぜんいいと思うわ。なに言ってんだよ、そんなのダッセーよ。そっちこそ駄作中の駄作じゃない。なにこの、てめーもういっぺん言ってみろ。あー何度でも言ってやるわよ。ドンガラ、ガッシャーーーン!ぴ〜ぽ〜ぴ〜ぽ〜♪

 審査は後ほど、ジムカーナの森の奥で億千万年もの長い月日を生き続けるしゃべる大木みたいな人たちにアポなしでお願いしようと考えてます。

 ちなみに唯一倫理に抵触した作品の雅号はてーしまHGです。
このやろーッ!!

2009年2月13日(金)

 ゲイのためなら女房も泣かす。それがどうした、文句があるか。
偽装結婚の歌だったと今日気付きました。

 んなぁぁぁぁぁ!今夜が川柳締切です!!
去年に比べて少ないこと少ないこと(涙)
当選の確率は飛躍的に高いですから。ささ、今のうちに♪

全日本 参加費いまだ 妻知らず
遠征費 いくら使うか 俺知らず

第三回ジムカニアン川柳2009開催!
ドンドンパフパフ♪

お題 : ジムカーナ、モータースポーツ、車、にまつわる川柳なら何でもOK。
応募方法 : メール ←クリック  (電話で詠まれても困るから)
        川柳、雅号(ペンネーム)、解説とか一言とか(任意)
        複数応募可。誰でもOK!そこの奥さん!一句どうですか?
        *応募された川柳と雅号のみ当サイトに掲載されます。
募集期間 : 2009年2月10日(火) 〜 2009年2月13日(金)24:00
表彰 : 最優秀賞1作品、優秀賞2作品
賞品 : 最優秀賞1名様にふるさと小包1万円分プレゼント
      優秀賞2名様にふるさと小包5千円分プレゼント
審査 : ジムカーナ界の重鎮で私がメアド知ってる人たち。(勝手に)

ちなみに前回までの応募作品はこちら。
第一回ジムカニアン川柳2004
第二回ジムカニアン川柳2008

ガシガシ応募すればいいんじゃないかな♪

2009年2月12日(木)

 昨今の景気低迷の影響でしょうか。
みんなテンション低いわぁ〜。
そんな時こそ、川柳です♪

参加費を 支払うときにも 攻略法
ターンして 貯まったお金も ターンした
パイロンと 財布の中身 ギリ狙う

うん。テンション下がるよねぇ〜(^0^;


第三回ジムカニアン川柳2009開催!
ドンドンパフパフ♪

お題 : ジムカーナ、モータースポーツ、車、にまつわる川柳なら何でもOK。
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        複数応募可。誰でもOK!そこの奥さん!一句どうですか?
        *応募された川柳と雅号のみ当サイトに掲載されます。
募集期間 : 2009年2月10日(火) 〜 2009年2月13日(金)24:00
表彰 : 最優秀賞1作品、優秀賞2作品
賞品 : 最優秀賞1名様にふるさと小包1万円分プレゼント
      優秀賞2名様にふるさと小包5千円分プレゼント
審査 : ジムカーナ界の重鎮で私がメアド知ってる人たち。(勝手に)

ちなみに前回までの応募作品はこちら。
第一回ジムカニアン川柳2004
第二回ジムカニアン川柳2008

ガシガシ応募すればいいんじゃないかな♪

2009年2月11日(水)

 昔々あるところにおじーさんとおばーさんが住んでいました。
おじーさんは会社へ仕事しに、おばーさんはカラオケBOXへフィーバーしに行きました。おじーさんが出先から会社に戻ると、ポストの下に四角い白い箱がどんぶらこっこと置いてありました。おじーさんは早速持ち帰り、おばーさんがいないスキに一人占めしようと箱を開けました。

ド〜〜〜ン!



新種の巨大ホコリ茸が入っていました。

ビックリたまげたおじーさんは、包丁でその巨大キノコを切ってみました。
すると中には・・・



カスタード&生クリーム♪

甘さ控えめのクリームとサクサクのシューは絶品でしたとさ。
ごちそうさまでした♪

第三回ジムカニアン川柳2009開催!
ドンドンパフパフ♪

お題 : ジムカーナ、モータースポーツ、車、にまつわる川柳なら何でもOK。
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ちなみに前回までの応募作品はこちら。
第一回ジムカニアン川柳2004
第二回ジムカニアン川柳2008

ガシガシ応募すればいいんじゃないかな♪

開幕戦 不安と期待の 裸眼人   エグゼ

2009年2月10日(火)

 多忙だし 他人のネタで しのごうか

はい!みんな〜集合〜。
毎年恒例の第一生命プレゼンツ、サラリーマン川柳のパクリ企画だよ〜。

第三回ジムカニアン川柳2009開催!
ドンドンパフパフ♪

お題 : ジムカーナ、モータースポーツ、車、にまつわる川柳なら何でもOK。
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        *応募された川柳と雅号のみ当サイトに掲載されます。
募集期間 : 2009年2月10日(火) 〜 2009年2月13日(金)24:00
表彰 : 最優秀賞1作品、優秀賞2作品
賞品 : 最優秀賞1名様にふるさと小包1万円分プレゼント
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審査 : ジムカーナ界の重鎮で私がメアド知ってる人たち。(勝手に)

ちなみに前回までの応募作品はこちら。
第一回ジムカニアン川柳2004
第二回ジムカニアン川柳2008

ガシガシ応募すればいいんじゃないかな♪

開幕戦 不安と期待の 裸眼人   エグゼ

2009年2月9日(月)

 ひかえめの昼食を摂ってプールで1200m泳いだら体脂肪率が10.9。
ベンジャミン・バトンの数奇な人生をたどっています。
いや、このまま干からびるのでしょうか。

 なかなか学校に出たがらず、コタツやストーブの前でいつまでもゴロゴロしている息子たちを追いやる新手の方法を今朝偶然発見しました。正座して背筋を伸ばして目をつぶり瞑想します。下腹部に神経を集中させ、気の力で下方に導き出します。微量の濃厚なガスをパスッ♪っとすかします。心中でカウントダウンします。約15秒後に、長男がコタツから飛び起き、次男がストーブの前からわぁわぁ言いながら立ち上がり、二人とも鞄を担いで外に飛び出していきました。ついでに女房も襖を全開にして洗濯機にダッシュで向かいました。蜘蛛の子を散らすとはまさにこのこと。あとは瞑想を微動だに崩すことなく、気を付けていってらっしゃい、と送り出すだけです。襖もテラスも全開のまま、静まり返ったお茶の間にただひとり取り残されて、冷気と残り香と若干の屈辱に耐えながら父の瞑想は続くのであった。

最近もたれ気味。

2009年2月8日(日)

 長男の高校受験もあと1か月を切って、最後の追い上げに頑張ってるようです。今日も塾の入試対策強化講習に送ってきました。この講習会は受講のたびに本人の所感と保護者のコメントを記録票に残すのです。12月はアントニオ猪木の名言から言葉を選んで親心をコメント欄に綴りましたが、今年に入ってからはパターンを変えました。

前々回のコメント:おまえは天才だ!だが、油断するな。

今日送る時に前回のコメントも書いて渡しました。

前回のコメント:引き締め過ぎると切れることもある。その点おまえは心配がない。

緩急つけてみました。

2009年2月7日(土)

息子 「ヤバいっ!!」(絶叫)
父親 「あぶねぇ〜っ!!」(絶叫)

今朝の寝ごと。

連載終わってこの手抜き感。

2009年2月6日(金)

 初めて近所にあるダイソーに足を踏み入れ、そこで禁断の老眼鏡を買ったのですが、105円てなんですか。価格が木端微塵じゃないですか。原価はどこに消えたのだろうか。ぶっちゃけこの老眼鏡のフレームを作った人は毎日3度のメシを食ってるのだろうか。ガスとか電気とか止められてないだろうか。せめて3日に一度は暖かいお風呂に入っているのだろうか。今も生きているのだろうか。老眼鏡をかけるたび心配になります。

やっと最終回です。
みんな苦しかっただろうね。私はもっと苦しかったょ。

■レーシックその後(最終話)
 個室診察室には初めて見るドクターが背もたれつきの椅子をきしませ座っていた。このクリニックに来て合計10名ほどのドクターと接触したように思うが、いずれのドクターも一度限りの診断ではないだろうか。見知った顔のドクターに再び出会った記憶はないし、名を名乗られた記憶もない。もしかしたら手術室のドクターにはどこかで一度検診を受けたかもしれないが、あの時は顔を見ることはなかった。このクリニックには総勢30名以上のドクターがいるらしい。複数のドクターがリスクと責任を分散させ、導き出す答えはどれも同じだった。全ては厚みを増したカルテだけが僕の一部始終を見守ってくれているのだと思うと、温もりを失った寂しさが込み上げてくる。
 顎に吹き出物が浮き出たドクターは、ピンセットのようなもので僕の右目に貼りついたソフトコンタクトレンズをすくい取り、プリズムの光を浴びせながら透かすように観察した。2週間ぶりに薄膜をはがされたがなんの違和感もなかったことに些細な期待が泡のように消えていく。キズはキレイに治っているようで、そのことを机に向ってカルテに書き込んでいた。キズが完治したことは喜ばしいことだが、またひとつ期待の泡が弾けたような気がした。前回の術後検診ではキズと視力の因果関係を指摘されたと僕は認識していた。しかし、キズが完治した今でも視力検査の結果は望ましくなかった。理解できない不安が僕を駆り立て、あたりまえの疑問が口をついた。でも、右目の視力は悪いままですが、と。ドクターはカルテにペンを走らせながら向き直ることもなく、コンタクトの影響も考えられますから、と表情を変えずに言った。僕はすかさず左目を閉じてウィンクをした。完全裸眼の僕の右目は、鋲で留められた壁の紙の文字に焦点を結び、ハッキリとぼやけたいた。コイツは僕に嘘をついている。僕は一瞬でそう思い込んだのだった。

 あれから約2週間。明日でちょうど第1日目から1か月が経とうとしている。右目の視力は若干回復しているようにも思えるが、やはり左目ほどシャープには見えない。だが以前ほど違和感がなくなったのも事実で、やはりドクターの言うとおりしばらく様子を見て3ヶ月後検診に臨もうと思う。光の綿帽子、ハロ現象はすっかり衰退と慣れに任せ気にならなくなった。もちろん痛みも感じることはない。きつかった遠視も徐々に回復し、腕をやや伸ばせば枕もとのスタンドの明りで読書も楽しめるまでになった。ただ、もっと細かなものはさすがに見ずらく、105円の老眼鏡を携帯することにした。裸眼の日常生活は至って平穏無事に日々快適さを増していた。いまだに毎日の洗顔直前と布団に入って直後には、左右の指先がこめかみのあたりの空を切ってしまい苦笑する。32年もの間、この身にこびり付いた習慣は思った以上に頑固だ。
 裸眼で過ごし最初に驚いたことは、コンビニの陳列棚に並ぶいつもの缶コーヒーがモデルチェンジしたのではないかと思うぐらい大きく見えたことだった。仕事で扱うベアリングも大きく見えてしまうのは困ったものだが、もうそれにも慣れた。試しに、風呂でまじまじと見下ろして、オマエちょっと見なおしたよ、と励ましてあげようかと思ったが、その時のご機嫌により大きさが異なるので判断が難しく慎んだ。もちろん争いの火種になるのを恐れて、妻がどう見えるかはいまだに口にしていない。念願のサングラスはイタリア製を奮発し、度のない水泳用ゴーグルは陳列された沢山の種類の中から玉虫色のミラーを買った。もう、雨の日に眼鏡に水滴が付くことを気にすることはなく走ることができる。
 レーシック手術を受けてよかったかと聞かれれば、僕はこう応える。
「ぜんぜんよかったよ」と。
 44歳の僕は、今、みずみずしい世界を闊歩しはじめた。


ありがと〜(^0^)/

2009年2月5日(木)

 ライフラインが断たれ、ファイナルアンサー?
ゆうべから突然水道水がチョロチョロと。終わったかな?まだ出るかな?ふんっ!チョロチョロ♪あ、やっぱ出た。これが出ないとパンツが濡れるんだよね。ぐらいチョロチョロとしか出なくなってしまいました。今日、朝一から穴掘って工事して、無事なおりましたが、尿管結石だったみたいです。なるほど!ザ・んにょうかん、春の祭典スペシャル!

■レーシックその後(2)
 手術から1週間後に予約してあった検診は仕事の都合で行くことができなくなり、電話で再予約をしたらまた1週間ほど待つはめになった。2週間後に受ける検診に先立ち変わったことといえば、ハロ現象がだいぶ収まり夜間でも気にならなくなったこと、遠視が和らいで読書ができるようになったこと、目薬が底をついたこと、ゴーグルと就寝用の眼帯をしなくなったこと、そして気兼ねなく発泡酒を飲めること、だった。気兼ねしながら飲んだところで味に変わりはなかったのだが。
 肝心の右目の近視と乱視に改善の気配が見られなかったのは残念ではあるが、ソフトコンタクトレンズのおかげで痛み止めを一度も点眼することがなかったのは不幸中の幸い?だった。そのソフトコンタクトレンズは装着感が全くない上に鏡で覗き込んでも遠視のおかげではっきり見えず、本当に入っているのかどうか、正直自分でもわからなかった。
 2週間後に降り立った有楽町の駅前は寒々とした正午前だった。2日目から通い始めたカフェの200円のコーヒーを注文しながら、1日目のカフェで飲んだ700円のコーヒーが懐かしく思い出され、東京の経済構造の不思議をちょっとだけ考えてやはり理解できずにやり過ごした。喫煙専用の2階に席を移し、読書とコーヒーとタバコを満喫しながら予約時間を待った。喫煙フロアーのスーツ姿の中年男性達に混じり、女性の一人客が多いのは都会ならではの光景だろう。彼女たちは一様に他を寄せ付けない頑ななオーラを纏っているかのように見えた。僕の目の前に座る若い女性も、書物に落とした視線は文字を追い続けながら、顎を斜め上に持ち上げ、人差指と中指の先端に挟んだタバコを咥え、煙に目を細めながら灰皿に灰を落とすのである。組んだ足が見えないのが残念でならない。僕は手にしていた小説”マドンナ”の続きを読みながら、主人公の中年男の純朴さと、周囲の男を虜にするマドンナのしたたかさに気づいたのだった。
 受付を済ませ、広く明るい待合所で都会のパノラマを見下ろせば、むこうの東京駅のホームに立つ人影までもが見えるようだった。しかし、恒例の検査手順に従い、視力検査の段になると、やはり右目は左目よりはるかに劣っていることを思い知らされた。
 左目1.5、右目0.6。これが手術2週間後の僕の視力だった。

2009年2月4日(水)

 今日はダイソーで老眼鏡でも買おうかと・・・・

■レーシックその後(1)
 穏やかなる激変の3日間を終え、僕は小山に戻った。すっかり日が暮れた小山駅前の風景は昨日と変わらず滲んでいたが、東京ほどの艶やかさはなくむしろ冷たくさえ思えた。ロータリーの片隅に停まっている妻の車を見つけ歩み寄る。きっと妻のことだから夫を気遣ったり心配したり安堵したりという言葉はないだろう。ガラス越しに目が合い、軽く手をあげて送った合図も返ることはない。後部座席に乗り込むと運転席の妻が振り返り、最初の一言は、ブロンズのゴーグルをかけた坊主頭の人相の悪さについてだった。それを聞いた僕はおどけながら、ですよねぇ〜と言ったきり、なぜかほっとして背もたれに体を預けた。国道を走る車内から夜の景色を眺め、いちおう右目の不調も報告してみたが、妻は動じるふうでもなかった。おそらく僕が死んでも黙って涙を流すだけだろう。せめて涙ぐらい流してほしいものだ。
 その翌日、手術からわずか2日後に、僕はマックにかじりつきながら運転免許センターに向かっていた。当初から狙ったつもりはなかったが、たまたま免許更新期間と重なっていたので、急に思い立ったのだ。眼鏡を自宅に置き去りにして自分で運転して来れたのだから勝算はあった。右目の具合を少々気にしながらも視力検査の列に並び順番を待った。鳥の巣箱みたいな検眼機の前に立ち、検査官にカードを渡しながら、眼鏡なしで、と伝えた時は、なにか特別な権利を人前で曝した誇らしさがこみ上げてきた。行列を尻目に、名乗るだけでVIP専用入口に案内されるような誇らしさ。いや、そんな経験はないが、たぶん似たようなものだろうという庶民のいじらしい空想にひたりながら検査機を覗きこんだ。箱の大きさを無視した遠くに、大きなCの字がハッキリと見え、あまりの簡単さに拍子抜けした。検査官もさほど驚くふうもなく、あっさりと条件の変更を承認して検印を押した。ひとつのクリニックだけで年間40万人もの裸眼人を世に送り出しているのである。今どきは良くあることなのかもしれない。あとはいつもの手順どおり、毎回不満が残る写真を撮影し、毎回心を入れ替える違反者講習を首席で卒業し、晴れて”眼鏡等”の条件のない免許証を初めて手に入れた。眼鏡を外した写真は遠視にぼやけてよく見えないが、小6の次男にそっくりなたれ目だった。

2009年2月3日(火)

 節分です。
恵方巻を咥えた貴女の写メを個人的に大募集しています。
毎年言ってますが、累計応募総数0通です。

全日本第1戦備北の情報はこちらです。
またハイオクドラム缶1.5本分ですかぁ〜_| ̄|○

■レーシック3日目(3)
 まったく同じではないものの、ほぼ同じような検査手順をスタッフに伴ってたどった。そして、うすうす勘付いてはいたものの、頭の中で不安と疑問符が飛び交ったのは視力検査の時だった。痛み止めの薬が切れだして、多少の痛みが蘇っていたのは確かだ。検査スタッフに昨日からの状況を説明しても所感を述べることはなく、ただ事務的にカルテに検査結果を記録するだけだった。確かにドクターではない立場上、それは正しい。だが視力検査の結果すら伝えないのはいささか腑に落ちないのである。僕の右の視力は左の視力より明らかに悪かった。左目で見えるCの切れ目が、右目では4〜5段も上がらないと判別ができなかったのである。右はあきらかに近視であり2時の方向への乱視も含まれていた。ハロは左右とも同じ程度に起きている。だとするとこの痛みと視力は何らかの関係があると思うのは当然である。帰りの地下鉄で想定外の外的要因が乱入して痛みを伴い、同時に視力矯正を阻害したのか。あるいは、手術の出来具合に何らかの不具合があり、視力矯正が不十分なうえに副作用的に痛みを伴ったのか。右目で「わかりません」と返答するたびにひとつ上のCを指示するスタッフの声はわずかな動揺を見せていた。「これは?」という問いが「じゃぁこれは?」に変わった。因果についてこのスタッフに聞いたところで、困らせるばかりで解決の糸口すらないだろう。
 名を呼ばれ10号診察室の扉をノックした。机に向かっていた30代半ばの色白のドクターは、椅子を回転させ向きなおり、僕に座るように言った。どことなく愛想がないまま、カルテを無表情に眺めている。僕はドクターの横顔に向かい事の経緯を細かく説明した。ドクターがスライドさせたプリズム光の眼球顕微鏡が二人の間を隔て、僕はそこに顎と額を預けた。入念に右目に見入っている。指示通り上下左右に視線を回し、目標のない正面を正視する。プリズムの七色の光に左右からいぶかしげに覗きこまれ、視線がつい泳いでしまう。ドクターは机に向かい、カルテに円形の判を2個押し、その上側の部分にボールペンで小さな円を書き、塗りつぶすように斜線を引いた。それをペン先でなぞりながら、角膜上部のこの部分に小さな傷があると言った。フラップの円の内側の上部である。傷の深さは極浅いものでフラップの厚みには達していないらしい。原因はいろいろ考えられる、と語尾を濁し明言はしなかった。今痛みますか、と問われ、痛みますと答える。ドクターの手によって痛み止めを点眼され、みるみる痛みが引くのがわかった。引出しから細かな英語の書かれた箱を取り出し、不器用に開封した中味をピンセットで挟み上げ僕の右目に滑り込ませた。絆創膏がわりのソフトコンタクトレンズは僕の予想通りだった。
「右の視力が悪いように思うのですが・・・」
「傷が治ってから、一週間後にまた来て下さい」
基本的には術後3ヶ月間はなにもせず様子を見るのが基本らしい。それにしても術後のドクターはやけに温度差を感じたように思えた。

2009年2月2日(月)

 寒さ久しぶりぶり返し。
PDにSA1チャンプ森田くんの記事がでかでかと掲載されました。
嬉しいわぁ♪

■レーシック3日目(2)
 年寄りの両親がパンとフルーツを食っていた。その間に挟まれながら僕だけがシャケをおかずに納豆ごはんを食うのもどうかと思ったが、これも母の配慮と思い、なにも言わずに朝食を済ませた。テレビが良く見える、と言った僕に、昨日お前が調整してくれたからホントによく見えるよ、と天然の父が答えた。そういうことじゃないよ、と思ったのでさすがにツッコミを入れておいた。そして、食後に点眼をしてくつろいでいたとき、魔物は再び突然僕の右目にやってきた。昨日地下鉄で起きた現象と全く同じ現象。まばたきをした瞬間に上瞼に何かが引っ掛かる感じがして痛み出したのだ。術後15時間後の出来事である。目を閉じてもいつまでも痛むので、観念して痛み止めの点眼薬を差したら、わずか数秒で痛みは嘘のように消えた。ここまで効果てき面だとかえって不安になる。案の定、ゴロつき感は変わらず感じられたので根本的な解決にはなっていないことぐらいはわかった。手鏡と母の愛用品のルーペで右目を観察したが、ハロと老眼のWパンチで角膜の細部まで見えるはずもない。普段この血管達はどこに身を潜めているんだと思うほど白眼は血走り充血していた。結局諦めてコタツでうとうとしながら出発の昼過ぎを迎えたのだった。
 僕の地元にいつの間にこれほどの深い穴ぐらを掘ったのだろうか。母の薦めで初めて乗る地下鉄の駅はビルにして地下3階以上はあった。この時刻の始発の駅は閑散としていて人もまばらだった。生暖かい金属の匂いが立ち込める待機電車に乗り込み、がらがらの車内で点眼して目を閉じ出発を待った。一刻も早くドクターに見せ、今僕の右目になにが起きているのかを知りたかった。
 発車した地下鉄は重そうに坂を駆け上り、瞼の血管を透かした赤い光と太陽光のぬくもりを肩に感じた。ひと駅目には地上3階ほどの高架の上を走っていたのだ。そっと目を開き、眼下にぼやけながら広がる懐かしい景色に幾分か和まされた。乗り換えの駅で降り、階段を上がって別の路線のホームに立った。案内板の文字がかすんでよく見えなかった気がする。目のことが気になり注意が散漫していたのかもしれない。次に乗った電車が反対方向に進んでいることに気づいたのは乗り換えから4っつ目の駅だった。おかげで有楽町駅にたどり着いたときは一杯のコーヒーを楽しむ時間を失っていた。

2009年2月1日(日)

 とうとう3日目に突入したぞ〜!
あ、もう2月だ・・・・

■レーシック3日目(1)
 JRの始発電車の騒音と縦の振動と軋む柱に叩き起こされた。よく50年もの長きにわたり、倒壊しなかったものだと感心すると同時に、この家を建てた大工職人を尊敬した。枕もとの携帯をまさぐって時刻を確認しようとしたが、就寝用の眼帯をしていることに気づき断念した。実家の二階の元自分の部屋は、本棚と、僕が学生の頃に寝ぼけて蹴とばして開けた壁の穴以外に名残はなかった。まだ太陽の香りとパリッとした肌触りを残した来客用の柔らかい布団の中で、僕は過ぎ去る電車の音と振動を見送った。久しぶりの息子の帰省に喜びながら布団を干す母の思いがありがたい。
 就寝用眼帯は透明なプラスティック製の小皿に通気孔がいくつか開いたものが両目用に2枚あり、それをテープでばってんに貼り付ける不格好なものだった。貼り付けた後、テープの隙間から鏡で見るとカメレオンのような異様な顔になる。面白いので寝る前に携帯カメラで眼帯をした自分の顔を撮ってみたが、画像にすると面白さよりグロテクス度が勝り、即座にキャンセルボタンを押したのだった。
 雨戸の隙間からも、まだ朝の気配が感じられない暗い部屋で、仰向けのままテープをはがし額の上に眼帯をめくりあげて昨日の右目の痛みを確認した。嘘のように痛みはなかった。恐る恐る眼球を回してみたりまばたきをしてみても痛みはない。寝たまま手を伸ばし、宙を捜して探り当てた紐を引くと、天井のグロー球がスパークしながらまたたき、ガラスを弾く音と共に蛍光灯が灯された。ハロ現象は相変わらずひどく、拡散した光が視界全体に広がっり、眩しさに目を閉じた。うつぶせになってティッシュで目の周りのヤニをそっと拭き取り、枕もとに散乱した点眼薬のひとつを拾った。クリニックでもらった点眼薬は、殺菌、ドライアイ防止、使い捨ての涙促進、そして痛み止めの4種類だった。それぞれキャップの色が異なるので初めに覚えてしまえば間違えることはない。上に向きなおり殺菌用の目薬を点眼して5分ほど待ち、次にドライアイ防止の目薬を点眼した。このまま、なにごともなく今日の術後検診を迎えられるといいな、と思い再び眼帯を閉じ灯りを消して二度目の眠りに落ちたのだった。




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2009年2月ぶん