2006年12月31日(日)

 今年最後の営業日!(>o<)

 皆様のお陰をもちまして2007年もエグゼスポーツを続けられそうです。
心より感謝しております。ありがとうございます。
振り返れば今年も沢山、喜び、感動させていただきました。
本当にありがとうございます。
よいお年をお迎え下さい。

2006年12月30日(土)

主人 「最近妻が江原さんに夢中なんですが」
江原 「うんうんうん。気を悪くしないで聞いてくださいね」
主人 「・・・・」
江原 「ご主人ね、どっかで奥様のこと”ラクダに似てる”とか思ってますよね」
主人 「・・・・はい」
細木 「あんた地獄に落ちるよ」


あぁ、今年も後二日で終わりですよ。
叩けば鳴ります除夜の鐘
左クリックで鳴りますよ。
忙しい人は108回連打すればいいですよ。
ハイパー除夜の鐘。ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン。

2006年12月29日(金)

 今日からお休み、という人が多いのではないでしょうか。
連休を楽しくお過ごし下さい。

1月の研究会実習の予定をUPしました。
2007年の第一回は1月3日です。この日はSSPさんがお餅をサービスしてくれるんですよ。天気が良かったら混みそうですがもしよろしかったらご一緒に走り初めなどいかがでしょうか。道中は凍結、降雪の可能性がありますのでスタッドレスやチェーンが必須です。お越しの方々はお気をつけて。


 昔は凧揚げ、独楽回し、羽子板、すごろく、福笑いなど、何でか知りませんが正月定番の遊びがあって儀式のようにどこの家庭でもやっていましたが、いまじゃすかり見かけなくなりましたね。私も奴凧を自分で作ってろくに揚がりもしないのに引っ張りまわして遊んでました。ゲイラカイトが出てきてからでしょうか。しらけだしたのは。


2006年12月28日(木)

 次男の集団食中毒に続き女房が風邪でダウンしたこの年末。
土曜日に近所の食堂で行われた野球部のクリスマス会に参加した人、ほぼ全員が月曜日から火曜日にかけて発熱嘔吐下痢の三重苦に見舞われ、次男も漏れなく発症。我が家は次男だけだったが、家庭によっては母兄弟、そろってサルモネラっちゃった所もあったようでなんとも不運としか言いようがないのだけれど。その次男が翌日水曜日には回復したかと思ったら、今度は女房が発熱嘔吐の二重苦に、私が下痢に見舞われた。もちろん二人ともクリスマス会には参加していないので次男のそれとは経緯が異なる。女房は病院にいきノロでもなくサルモネラでもなく風邪と診断されたようで、今朝も昨日に引き続き寝たきりなのです。私の下痢はよくわからないのだが、とりあえず正露丸を適用量を超えて飲んだら今朝は大丈夫?そうである、が、油断はできない。オナラだとおもってもフィフティーフィフティーで油断は出来ない。今のところこの年末に完全健康体を維持しているのは長男とネコだけで、この二人の共通点といえば健康とは対極と思える不摂生とグータラをこよなく愛してやまないという、なんとも皮肉な現実である。

 しかし、あれだな。女房がダウンした途端、家庭の機能はいっきに麻痺するな。男子3人が寄ってたかって見よう見まねでやったところで女房一人前にも満たないとは、なんとも情けない。キューピーのパン工房は塗ったあとに焼くとか知らないし。。。
これ書きながら思い出したんですけどね。
レンジの中にチキンナゲット置き忘れたまんまだし。。。

2006年12月27日(水)

 なんですか、昨日の暴風雨は。
まるで年末の大掃除をしたかのように景色が綺麗になってます。
私のFDも綺麗になった。
実習参加の皆様、寒さと雨の中、大変お疲れ様でした。
コンディションは最悪でしたね。飛距離は最高でしたね。
ツルツルの路面でのターンに苦戦していましたが、これもいつかは必ず役に立ちますって。

 さて、毎年恒例の新年会を1月1日にガレージにて行います。
私は午前中から待機しておりますが、どなたでも参加できますので暇な方や通りすがりの方はぜひお立ち寄り下さい。
何時に来て何時に帰っても、出入り自由です。
電車の人は早めに電話下さい。迎えにいきます。
飲んじゃって迎えにいけなくなったらタクシー代だしますので勝手にきてください。
お車運転の方はお酒は飲めません。
今年のおもてなしは、北海道のカニ足と広島の殻つきカキ(たぶん)の七輪焼きとその他です。
差し入れ大歓迎。鍋持参大歓迎。
では、楽しみにしております。

2006年12月26日(火)

 どーもー、フライング更新でーす。
まぁまぁ、今日は研究会実習ということですけどね。
えっ、おまえ、実習いくの?
えっ?って。いくよ、実習。
ほんまに?
ほんまにいくよ。
おまっ、えっ?、簡単にいうなぁ。覚悟できてんの?
覚悟って、それほどのもんでもないやろ。
天気は?
あー天気ね。天気は雨らしいわ。
雨!?
そうや、雨や。
アメ!?
だから、そうやって。
ひゃーーーーーー!、おまえ、ほんま、雨でいくんか?
そないいわんでもえーやないか!
どーでもいいけど、顔、テカテカやな。
関係ないっちゅーねん!

(チュートリアル、おもろいなぁ)

2006年12月25日(月)

 昨晩、久しぶりに子供と一緒にお風呂に入ってですね
出るときいつものように栓抜いちゃった。
きゃぁぁぁ、女房、まだ入ってなのにぃぃぃぃ。(>o<)
そんなドジッ子エグゼです。テヘッ。

 で、子供と一緒に寝室にいったらついつい爆睡しちゃって
2:00に気が付いたら子供らの枕元にプレゼントがぁぁぁぁ。(>o<)
きゃぁぁぁぁぁ。

 で、で、朝目が覚めたら
既にプレゼントの余韻もすっかり冷めた子供たちと
いろんな意味で冷めた女房が朝ごはん食べるぅぅぅぅぅ。(>o<)
ごふっ。(吐血)

 天にまします我が家の父よ。(つまりいないも同然)

2006年12月24日(日) A

皆さん、メリークリスマス♪

■きよしこの夜

 クリスマスの思い出といっても特別ロマンスに満ち溢れたものなど何もない。いったい今までどのように過ごしてきたものか、思い出せないのか思い出したくないのか。過去のこの日の記憶を手繰り寄せても、甘く煌びやかな悦びや、狂おしいときめきや、若さゆえの恥じらいや、締めつけられるような切なさにたどり着くことはない。所詮選ばれた人たちが偶然この日を迎えたときにだけ、サンタクロースは何物にも変えがたいプレゼントをそっと枕元に置いていくのだ。僕は今まで選ばれなかっただけに過ぎない。そして5日前に42歳になった今となってはこの先選ばれることもないだろうし、むしろ望んでもいない。
 地味だがけなげな妻とやんちゃな二人の息子に恵まれ、決して裕福ではないが平穏な毎日を過ごしている。それでいいんだと思う。しかし、平穏すぎるが故にこの過剰に装飾された街の浮かれっぷりをどこか冷ややかな目で傍観している自分に気が付いたとき、取り返しのつかない過ぎた時間の中に宝物を捜し漁るもう一人の自分がいることに気が付いた。記憶のおもちゃ箱をひっくり返し、結局ガラクタばかりしか見つからず呆然としゃがみこむ子供のようなもう一人の自分。
 死ぬまで心を満たしてくれる宝物など此の世にあるわけない、か。
 いつしか信号が青に変わり、後ろのトラックにせかされて慌ててアクセルを踏み込んだ。いつもの通勤路はたわわに虚飾をまとっていた。

 聖はかじかむ指でラジオのスイッチを入れた。冷え切った工場内に山下達郎のクリスマス・イヴが流れると、うんざりとしたため息が白い湯気になり、隙間から差し込む陽の光に漂い消えた。シャッターを上げるとまるで一瞬にして白銀の世界に迷い込んだかのような外のまぶしさに目を細め、やがて白んだ青と枯れ葉色をくっきり上下に分けた冬の景色を取り戻していった。
 クリスマスだからって特別なことは何もない。
 長谷川聖は自分の名前と現実との隔たりにわずかに口元を歪め言い聞かせるように呟いた。
 キヨシの名を聖と知るとちょっと気が効く人には誕生日はクリスマスですかと問われることがある。そのたび聖は判で押したように6日前の19日です、と答えるとそれ以上この話題が続くことはない。名づけたのはクリスマスだが、おぎゃーと生まれた日付で出生届を出したのはなんとも実直な父らしい。

 昭和39年12月19日、長谷川夫妻に最初で最後の子として此の世に生を授かった。母子が退院するまでに我が子に立派な名を授けようと決意した実直な父親が、真面目な上に大と生が付く大生真面目な故に悩みに悩みぬいて、結局決まらぬまま退院の日を迎えた。クリスマスの日の朝、母子を迎えに父親が病院にいくと、病室では母親がベッドの縁に腰掛、我が子に乳を与えていた。
 母は何物にも変えがたい至宝でも抱くように、その顔を微笑みながら見つめ、その尻をゆっくりと包み込むように掌でたたきながら、囁くように歌っていた。子は片手を母の乳房にあてがい懸命に乳を吸い、やがて吸う勢いが衰えると共にまなこをゆっくりと閉じ、乳首を離しかけてははっと懸命に吸い続け、そんなことを何度も繰り返していた。

 きよしこの夜
 星はひかり
 救いの御子は
 み母の胸に
 眠りたもう
 夢やすく

 母子の姿はレースのカーテンを透かし差し込む午前の陽を眩いばかりに反射していた。その慈しみを極めた、幻想的で神聖な儀式を目の前にし、父親はしばし立ち尽くし見とれた。
「きよし、そうだ、聖にしよう。聖に決めたぞ。」
 母親は大生真面目な夫に笑顔を向けた。

 どちらかというと貧乏側に片足を突っ込んだこの三人家族にもクリスマスは訪れる。小学校できよしこの夜を合唱するたびクラスメートにくすくすと指を差される以外、聖にとっては一年中で最も楽しみな行事だった。誕生祝と合体したクリスマスははなはだ疑問ではあったが、当日になればそんなことも忘れるぐらい主役の座の喜びに舞い上がった。
 一週間前から新聞に折り込まれる特大版のおもちゃ屋の広告に食い入り、サンタに手紙を書いて母に託す。ちゃんとサンタの国に届いただろうか。書いた住所は間違いないはずだが迷ったりしないだろうか。煙突がない変わりに窓の鍵を開けとくけど気付いてくれるだろうか。毎年望みとは微妙に違う、確実にグレードダウンしたモノが届くけど、今年は大丈夫だろうか。
 父親のボーナスとローンと財形貯蓄を乗せた年末財政の天秤は圧倒的優位を持って”支”に傾くのであるが、そんなことを子供の聖は知る由もない。
 例年、絶対に眠らない、といって10分もしないうち気が付けば朝を迎えるのはその年も同じだった。枕もとに置かれた金のリボンがかかった赤と緑の包装紙を、はやる気持ちで丁寧に解く。この瞬間のたびに生きてて良かったとさえ幼心は思う。まさに至福の時であり、その姿をとぼけて眺める母親にとっても同様に、いやそれ以上に至福の時であった。
 しかし解かれた中身が露になると、聖の顔からは笑顔が嘘のように消えそのまま布団にもぐって泣き続けてしまった。母親が慌てて慰めても聖は抗いながら泣き続けた。地味で野暮ったい深緑色のセーターを母は悲しみと困惑の表情で折たたみ、箪笥の奥底にしまった。
 翌年からは必ず望んだものが貰えるようになり、聖の忌まわしいセーターの記憶は一度も袖を通すことなくいつしか忘れ去られていった。母の心の奥底で永遠にうずき続ける痛みに気付かぬまま聖は成長し続けたのだった。

 息子達の明日の朝の喜ぶ顔を思い浮かべ、聖は一人旋盤を引く。小さな工場を一人で切り盛りし、妻のパート代と合わせてやっと人並みの生活が出来るのである。今年もお望みのモノをそろえることが出来、サンタとして未だ満点を維持していることに些細な誇りを感じていた。同時にふと、この夏に亡くした母と、田舎で一人暮らしを強いられている父を聖は思いだした。

 母親はちょうど一年ほど前に腹痛を訴えそのまま入院し続け、この晩夏に帰らぬ人となった。結婚して依頼、一度も郷里に足を向けなかった聖が次に両親に再会した場所は手遅れとなった母の病室だった。
 32歳で旋盤工として独立してから正月休みを取ったのもそれが初めてだった。それほど聖は振り返ることなく走り続けていたのだ。
 思いのほか小さく萎んだ病床の母を覗き込む父の頭髪は見事なまでに白く染まっていた。その見たこともない光景をぼうと眺め、時は残酷に無情に過ぎ去り、人はいつか必ず死ぬんだな、と実感せずにはいられなかった。
 そして聖はまた仕事に追われる平穏な日常に戻るのである。親孝行をしそこねた、と何もしないであきらめる聖は仕事にも身が入らず、だからといって毎週のように見舞うわけでもない。そんな自分を非情に思った。
 夏も終わりの頃、危篤の知らせを受けて慌てて母の元に戻ったときは時すでに遅く、最後にして最悪の親不孝をしてしまったのである。傍らで泣き崩れる父を慰める資格もないばかりか、母を失って悲しむことさえ許されないのではないかと聖は自らを攻めたのだった。

 49日の忌明けが終わり、聖は父親に上京して同居することを薦めた。しかし頑なに断る父に聖はそれ以上何もいえなかった。秋の黄昏に背を向けて、聖は郷里をあとにした。枯葉を踏みしめる乾いた音が老いた父を置き去りにする息子の心をチクチクと突き刺した。

 今日は家族でケーキを囲む約束をした聖が仕事も早めに片付けて帰ろうとしたとき、旋盤工場に宅急便のトラックが到着した。運転手も今日の最後の配達を片付けてとっとと家に帰りたいのかもしれない。いつもより慌しく荷物を聖に手渡すと、さっさと暗闇の中を走り去っていった。聖は事務所に戻り紙袋に入った父からの荷物を開けた。中には手紙と丁寧に半紙に包まれた荷物が入っている。祖父から孫たちへのクリスマスプレゼントか、と思い聖は手紙を開きその見慣れた文字に目を疑った。
 決して達筆ではないが丁寧に縦書きされたその文字と語り口調の文章は見紛うことなく母のものだった。ひとつだけ違ったことは線が弱弱しくかすかに震えていた。

聖へ、メリークリスマス
家族みなさんお元気ですか。
これを読む頃はおかーさんはあの世からあなた達を見守っていることでしょう。
おかーさん、聖にいつか謝らなくっちゃってずーっと思ってたことがあります。聖がまだ小学校3年生の時、楽しみにしていたクリスマスプレゼントをどうしても買ってやれなくてね、深緑色のセーターを送ったこと覚えていますか。聖はこんなものいやだといってひどく泣いてしまいました。今でも箪笥の奥にしまってありますが、あれ、おかーさんが初めて編んだものなのよ。
 おかーさん不器用でしょ。オマケにセンスもないし。本当にごめんね。情けない話だけどあの頃ほんとにお金がなくってね。1円玉かき集めておつかいにいく日もあったのよ。でも泣き続ける聖を見ておかーさん反省した。もう二度と聖の夢を壊しちゃいけないんだって。もうおかーさん死んじゃうけど最後にこのことを謝りたくってね。本当にごめんなさい。
 あれから少しは腕あげたので入院中暇だから懲りずに編んでみました。我ながら上出来だと思うので今度は泣かずに着て欲しいです。
では、さようなら。
あの世のおかーさんより
追伸、おとーさんのことくれぐれもお願いしますよ。

 立ち尽くす聖はぼろぼろと涙を流した。その滴りが大切な手紙に落ちないよう顔を上げ両の頬から顎を伝い首から懐に流れ続けた。袋の中身を取り出し白い半紙をはやる気持ちで丁寧に開くと、優しくたたまれた明るいベージュの洒落たセーターが息を吹き返したかのように静かに膨らんだ。聖は余命幾ばくもない病床の母の、その残されたか細い命で紡いだセーターを胸に抱き、その場にしゃがみこんで堪えることなく大声で泣き続けた。
「かーさん素敵だよ。センスいいよ。着るから。絶対着るから・・・」
見上げた窓の外にはいつしか雪がちらちらと降っていた。
 聖はうな垂れ泣きながら思い出したように受話器を取った。父に伝えなくては、としゃくりあげる胸を歯を食いしばって耐えた。しかし電話口から聞こえた父の声を聞いた途端、またもや堰は押し流され洪水のように悲しみが溢れた。
 名前さえいえず、ただ泣きじゃくるばかりの息子に父は優しく応えた。
「かーさんな、痛いのがまんして毎日すこしづつがんばってたぞ」
父も泣いていた。
「かーさんが死に際に言ったんだ。必ず内緒ですからね。必ず12月23日に送るんですからね。忘れちゃいやですよ。あの子の喜ぶ顔を見るんですから。って」
聖の心は痛々しいばかりに締め付けられた。
「とーさん。お願いだから一緒に暮らしてよ。お願いだから。そうでなきゃ、俺救われないじゃないか」
息子の懇願に電話の向こうで父が泣きながら頷いた。
「クリスマスだからって特別なことがなくてもいいんだ。かーさん。俺バカだから、どーしようもないバカだから、たった今気が付いた」
外はうっすらと雪化粧をまとい深深とした静寂が聖を包んだ。
二人はいつまでも互いの泣き声を聞き続けた。
彼方から聞こえる母の囁くような歌声と共に。

きよしこの夜
星はひかり
救いの御子は
み母の胸に
眠りたもう
夢やすく

みなさん、素敵なクリスマスを。

2006年12月24日(日)

 イヴがこれだけ盛り上がると当日の立場が・・・

2006年12月23日(土)

 みなさん、この土日はクリスマスっちゃうのかなっ!(>o<)
HO−HO−HO−!
じゃ、あとは若いお二人だけで、ということでっ!(>o<)
おほほほほほほほほ!

さて、そんな浮かれ気分のハッピーウィークエンドに
エグゼにお越しのお客様は、と・・・




あぁ、、、、
ミカンいっぱいあげるからさ。
元気だしなって。。。

2006年12月22日(金)

 警告!
栃木県塩谷郡高根沢町にお住まいのお客様宅に空き巣が入りました。
 建売住宅が整然と並ぶ新めの住宅街のど真ん中に位置するアパートの1階です。この独身男性宅に留守中忍び込んだ空き巣は、腕時計、現金、PS2、リュックサック、CD10枚程、クレジットカードを盗んでいきました。車のキーを盗まれなかったのがせめてもの救いと気丈にもおっしゃってますが、その恐怖と落胆は計り知れないものがあるでしょう。警察への連絡や事後処理、カードの停止処理に徹夜でかかり、私がこの件のメールを受信したのは朝4時を回った頃です。まったくお気の毒な話です。謹んでお見舞い申しあげます。
 おまわりさんの話では「ここ暫く被害がなかったが、また始まったのか?」との事です。皆様もくれぐれもお気をつけ下さい。せめて確実な戸締りと貴重品の持ち出しを徹底しましょうね。

2006年12月21日(木)

ちょいと一杯のつもりで飲んで
いつの間にやら梯子酒
気がつきゃホームのベンチでゴロ寝
これじゃ身体にいいわきゃないさ
分かっちゃいるけどやめられない

狙った大穴見事に外れ
頭カッときて最終レース
気がつきゃ財布はスッカラカンのカーラカラ
馬で金儲けした奴ぁないさ
分かっちゃいるけどやめられない

一目見た娘にたちまち惚れて
よせばいいのにすぐ手を出して
騙したつもりがチョイト騙された
俺がそんなにもてる訳ぁないさ
分かっちゃいるけどやめられない

あソーレ、スイスイスーダラダッタ、スラスラスイスイスイ

いまさらですがこの詩の普遍性に感心するしだいです。
身に覚えのある諸兄はこの年末年始くれぐれも謹みなされよ。
なに?分っちゃいるけどやめられない?
そうですか、そうですよね。

2006年12月20日(水)

 みんなー、ありがとー。(^o^)/
誕生日のお祝いメールを頂いたのでほんの一部を紹介しますね。

☆"" 〜〜 ☆"" 〜〜 Happy Birthday To You   ☆""〜〜 ☆"" 〜〜
 中島様、お誕生日おめでとうございます!アクサダイレク (後略)

あと1通頂いたんですけどねー。
つごう2通なんですけどねー。
実質1通なんですけどねー。

さ、年賀状の原稿でも考えよ。

2006年12月19日(火)

 ノロウィルスが怖くって食事も喉を通らないんです。
ノロノイローゼ。

 事故るのが怖くってぜんぜんスピード上げられないんです。
ノロイゼノイローゼ。

 こんな私も今日で42歳ですよ。おめでとう、自分。

2006年12月18日(月)

 拝啓 宮嶋親方様
 昨日の親方練習会は私にとって本当にタメになるものでした。午後は路面も完全ドライになりやる気満々になったものですが、裏腹にターンの成功率は相変わらず低く、最近出来ない焦りからかどんどんおかしなターンに成り下がっておりました。タイヤも前後1分に満たないしょぼいもので、タイムが出ないのはタイヤのせいもあると甘えておりました。
 宮嶋親方に隣に乗ってもらい、ろくでもない走りに貴重なアドバイスを頂き恐縮したしだいです。次に親方からの申し出で私のFDを運転してもらうこととなり、私は隣に乗せてもらいました。タイム計測はたまたま出来なかったものの、その走りのスムーズさとターンの速さはタイムを見るまでもなく明らかではるかに勝ったものでした。その後もう一度運転してもらい今度は私は外から見ていましたが、その気迫みなぎる走りに圧倒されたものです。そして、1秒ぶっちぎられました。車から降りて「わりぃ、めちゃくちゃ真剣に運転させてもらったよ」の親方の一言に心が震えるぐらい感謝した次第です。タイヤも車も関係ない。これほど”腕の差”を明確に示すものはありません。ここから私の本当の意味の練習が始まりました。
 ここ最近の研究会実習には、真正面から体当たりするかのような気迫の指導がおざなりになっている感があります。恒例のオーナー破りはしますが、その後の指導にはとりあえずこなしてよしとする手抜きがいつしか蔓延していたようです。それが申込台数の減少や私自身のテキトーな走りにも顕著に現われているのではと思う次第です。それに気付かせてくれた貴重な体験でもありました。
 親方が”親方”とみんなに慕われるには理由があります。今後も関東ジムカー界の親方として皆を引っ張り、後に偉人となられることを切に願うしだいです。私は少しでも多くの良い結果を報告できるよう気を引き締めて練習に臨み、また指導に励みたいと思います。
                                        敬具

2006年12月17日(日)

ママー、



   宮

   嶋

   ひ

   と

   り


っていう人に



1秒も

オーナー破り

されちゃったよ。



わーわーわーわー、聞こえない、聞こえない、聞こえない、
なんにも聞こえないよーーー。
知らない、わかんない、僕が悪いんじゃない。

生まれ変わったらね、セミになりたいな。
だって誰にも見つからず一生土の中で暮らせるんでしょ。
ずーっと黙っててさ、死ぬ間際になって
「僕はここにいるんだぞー!」って叫べばいいんでしょ。
だから僕、セミになr・・・

あは、あは、あははははははははは・・・・・。
おかしいな。
さっきから人生のリセットボタンを押してるのに
ぜんぜんリセットされないじゃないか。
おかしいな、おかしいな。
くそっ、壊れちまったのかな。

かーさん、僕も今月で42歳ですよ。
産んでくれてありがとう。
とーさん、とーさんが大事にしていたハワイ土産のナポレオン。
あれ、僕が高校のとき全部飲んじまって、
サントリーレッドに全部中身すり替えたんだ。
お前がはたちになったら一緒に飲もうなって・・・あれレッドだから。
ごめんよ、とーさん。


はっ!!!!

すみません。取り乱してしまいました。
心配しないで下さい。捜さないでください。

2006年12月16日(土)

 息子達は小4と中1にもなってサンタさんに手紙を書きました。
親が書けといったので仕方なしに書いたのです。もちろん二人ともわかっていて書きました。親は息子達がわかっていることをわかっていて書かせました。特に無粋な詮索をするでもなく疑念を抱くわけでもなく家族全員が黙って”サンタさんごっこ”の各々の役割を演じています。当日はとっとと寝て、朝起きたら真実の喜びに演じる驚きを加えることでしょう。親はサンタさんに感謝しなくちゃねとセリフを語るでしょう。けなげに慎ましく、まるで青い鳥を追うように。。。
 そんな”サンタさんごっこ”の幕はすでに上がったのです。この時期なら子供のいる多くの家庭がそうでしょう。子供の手紙になぞり、母親は店にこっそり下見しにいってないものは取寄せてもらう。

そう、舞台は始っているのよ!
いいこと、みんな、役になりきるの!!

ピリリリリリ、ピリリリリ、ピリ
「はい、もしもし、なかじまです。」
「お世話になります。○○スポーツ店です。」
「あ、いま、おかーさん、出かけてていませんけど。」
「あ、そう。じゃーね、おかーさん戻ったら伝えといてくれるかな。」
「・・・・・」
「ご注文の野球のスパイクが入荷しました、って」

店主!
貴様に役者魂はあるのかっ!!!!

2006年12月15日(金)

 老人は一枚の通知を縁側に置き、その上に外した老眼鏡を重ねながら呟いた。
「またひとり戦友が逝っちまった。」
 ボロ雑巾のようになってしまった戦後の日本を、心と体に傷を負った生き残り達だけで必死になって建てなおした。骨身を削るように働き続け、子供も立派に育て上げ、自分達の傷の癒える暇もなく走り続けた。今こうして輝かしい繁栄の真っ只中にいれるのは、我々同士が荒れ果てた大地を手塩にかけて磨き上げてきたからに違いないのだ。
 老人は傍らの通知に一度目を落としてから黄昏の空を見上げた。そろそろ自分もお役御免になりたいものだ。この同士の名前も顔も忘れたが、きっとあの世で全ての肩の荷を心おきなく降ろして懐かしい友と酒を酌み交わしていることだろう。仰ぎ見る空にそんな光景を思い浮かべていた。
 息子の嫁が盆にのせた茶を廊下に置きながら通知に目を落とした。
「おじーちゃん、これなんですの?」
耳の遠くなった老人の背に有り余る大声を浴びせながら跪(ひざまず)いた。
老人は枯れ果てた両手で湯飲みをすくうと茶を一口すすりまた空を見上げた。
「戦友がな、またひとり死んだそうだ。」
嫁は老人が振り返らないのをいいことにあからさまにあきれた表情をした。
「おじーちゃん、ちがうでしょ。いいですか、これはね・・・」

ご相談パーツ(供給年限終了部品)手配確認書

車名:CR−X
型式:EF8
部品番号:43018−SH3−J00、43019−SH3−J00
部品名:リアーキャリパーサブassy、R、L
【部品コンタクトセンター記入欄】
取引先に金型、冶具等の生産設備がありません。
従って生産困難部品です。
代替、互換性等も確認しましたが、該当部品がありません。
申し訳ございませんがお断りお願いします。


 嫁の投げやりな説明が一通り終わると老人は振り返り呆けた顔を向けた。
「ところで俊一は元気か?嫁はもらったのか?」
「いやですよ。孫が結婚したかどうかもわからないなんて。まだでしょ。」
「そうか・・・、まだか・・・。」
老人は寂しげな顔で俯きながらまた茶をすすった。
「お正月には帰ってくるっていってましたよ。」
 背景となった橙色の空に今にも溶けて消えてしまいそうな老人の佇まいを眺め、嫁は哀れみながら立ち去った。


EF8の新品リアーキャリパーはもう手に入りません。
という回りくどい告知でした。

2006年12月14日(木)

 今年を象徴する漢字一文字は「命」です。TIM、がんばりましたね。

 今となってはすっかり安っぽくなった各家庭のクリスマス・イルミネーションが語る。
「ほら、みて! うちはこんなに幸せなのよ!!」
「なによ!あんたのとこよりうちのほうが何倍も幸せなんだから!!」
「ウソおっしゃい、御宅のご主人不倫してるじゃない!」
「まぁ失礼な、御宅ほど子供の出来は悪くないことよ!!」
「きぃぃぃぃ、くやしいぃぃぃぃ!」
と言い争ってるように見えますが、気のせいですよね。
きっと、貧乏人のヒガミですよね。

 我が家はイヴの日だけテレビの横にプラスチックの小さなツリーを立てて昔ながらの豆電球の飾り付けを・・・あれ?それすら棄てたっけ??

幸せだからそれでもいいの。

2006年12月13日(水)

 何気ない優しさが思わぬ方向に捻じ曲がり人を傷つけることは稀にある。たいがいは傷を被る側の勝手な思い込みにより自傷しているだけにすぎないわけで、優しさや優しい人に罪はない。それがわからないのが他人の優しさを思い計る天秤を携えていないガキなのだ。当時の僕は見まごうことなくガキだった。
 下校途中、野球部の主将と肩を並べて歩く稲本早苗の姿を偶然見かけてしまって、僕は心臓を鷲づかみにされた思いがした。当時の田舎高校の暗黙のルールとして男女の同伴下校はいわゆる付き合っていることを意味する。例え部活が同じであろうとも、幼馴染であろうとも、無関係の男女が二人きりで肩を並べて下校することは100%ない。男女の関係を無言で公のもとに晒す確実な手段なのである。僕は近づくことすら出来ず、二人との距離をあけたまま俯き加減で駅まで歩いた。改札を抜け二人とは逆の方向の階段を降りながら意識と気配を全て消し去りたいと思った。同じホームに立つ二人に押しのけられたように僕は一人ホームの最後尾に立ち、自分を呪いながら電車を待つ惨めさは今思い返しても虫唾が走る。ベンチに座り頼もしい彼氏と笑窪を浮かべながら会話する彼女は、丸文字を躍らせ薬を忍ばせた机の主を知らない。待ちわびた電車がホームに滑り込み、巻き上げた突風と共に僕の彼女の記憶はここで途絶えた。自己完結の情けなく惨めな思い出は25年を過ぎた今でも心の奥底でくすぶっているのである。

こんな話は大小数え切れないぐらいあるのよ。
たぶん皆さんにも。。。ははは。

2006年12月12日(火)

 自動車重量税の還付制度について
車検のたびに高額な重量税を支払っております。2004年までは一度支払った重量税はなにがあろうとも戻ってきませんでした。仮に車検の翌日に事故して廃車にしようとも、車検の時支払ってしまった向こう2年分の重量税は戻ってきません。すでに此の世に存在しないあなたのお車が、この先2年間道路を痛めるであろうその改修費用などに当てさせていただきます、という理不尽で横暴な屁理屈がまかり通っておりました。むちゃくちゃですね。ところが2005年1月から自動車リサイクル法が施行されまして、同時に自動車重量税廃車還付制度がスタートしました。ご存知ですか?これは、解体した車に限り、車検残存期間に対応する自動車重量税の還付、つまり払い戻しが可能になったということです。当り前といえば当り前のことですが、去年からスタートしたんですよ。
 但し、大きく二つの条件があります。ひとつは車を解体すること。もうひとつは陸運支局に還付申請を提出すること。つまり、一時抹消登録や改造車検等による車検の取り直しには適用されません。車検が1年残っているのに2名乗車に改造して車検をとる場合、重量税は改めて2年分支払って戻りはありません。向こう1年間は重量税を重複して納めてることになりますから、公道でターンの練習が思う存分出来るわ、とか大人気ない理屈は通用しません、ダメです! 廃車にして解体した場合に限り払い戻しが可能です。また、御上のやること、請求は漏れなく厳しく勝手にきますが、払い戻しはユーザーが申請しないとうやむやになります。身も凍るほどの不親切ですね。お気をつけ下さい。
 横転やコースアウトで廃車にするときは還付申請をお忘れなく。
以上、税の逆流についてはインフォメーションすら妙に消極的な御上に代わり報告いたします。

2006年12月11日(月)

 目は欲しがるが体は欲しがっていないという、精神と肉体のアンバランスは稀にある。昨晩珍しくすき焼を食したわけで、半額とはいえたいそう立派な和牛霜降り肉が食卓に上がった。割り当てられたのはたかだか一人二切れ程度の些細な量であったが、その桜色の豪華さに感嘆の声をあげ、口に運べばトロけるような美味さに舌鼓を打ったものだ。そして夜中の2時、ひどい胸焼けと胃のもたれに目を覚ますのである。うすうす感づいてはいたが私の初老の肉体にとって、霜降りはもはや毒同然に成り下がったのだ。それを喜び勇んで受け入れた精神の愚かさたるや、肉体の変化に追従していない証ではなかろうか。こうやっては人は老いと共に死への加速度を上げるのだろう。と大げさに考えた午前2時、ゲップ!メタボリックな諸兄はお気をつけ召されよ、ゲップ!赤身とささ身で余生を共に、ゲップ!

話は変わるが、SSPの周辺はすでに雪の薄化粧でした。
FDのスタッドレス、買いましたよ。

2006年12月10日(日)

 今日はちょいと北のほうまで
ヘルメット2個持って
息子を連れて行ってきます。
良い天気になりそうです♪

2006年12月9日(土)

 雨ですねぇ。
土日はお客様の車が入れ替わるので作業も一段落して結構暇なのよ。送られてきたキャリパーやドラシャのO/Hとかあればやるんですけどね。今週の仕事も昨晩無事に終わって、昨晩1台、今日2台返して、明日と明後日で3台入ってって具合です。1月には代車がもう一台増える予定ですんで回転上げられますね。よろしくお願いいたします。


 3年5組、稲本早苗。別れ際に彼女と言葉を交わしたクラスの女子に、何の気なしを装って、実はあからさまに不自然に尋ねたら、訝しげに教えてくれた。やはり聞いたことない名だったが、問題はそこじゃない。僕が問題にしたのは、そのおしゃべりな女子がご親切に与えてくれたその他の余計な情報にあった。彼女が野球部のマネージャーだということだ。屈強な肉体と精神を日夜追い求め、汗と疲労と苦痛を臆せずに受け入れて、一度しかない青春を白球に捧げる、誰が見ても健全であろう好青年達の世話を、自ら好んで引き受けているのである。その健全な好青年達の対極に位置する僕が腰を引くのも無理はない。彼らが息と声を荒げて走り続けている時間に、僕は駅前の公園でうんこ座りしながらタバコを吸って喫茶店でマンガを読んで地元でパチンコ打って、浪費と怠惰をむさぼり続けていたのだ。帰宅時間だけは同じようなものだが、人としてあまりに内容が違いすぎる。ある意味人種以上の差があった。彼女はそんな輝かしい彼らを輝かしい瞳で見つめ、陰日なたで支え、喜びと悔しさを涙で分かち合い、合掌しながら祈り続ける女神なのである。こんな僕が目を合わせでもしようものなら、たちまち罰が当たって目が潰れるに違いない。僕は彼女のほほえましい今日の返信を消しゴムで消しながら、その消しゴムのカスより小さく、しぼんだ。次に机に書く言葉を失った。

2006年12月8日(金)

 新しいマウスに指がつりそうなエグゼです。ワイヤレスかそうじゃないか、悩みに悩んで「どれにしようかな、神様の言うとおり、メ カ コ カ コ 。

 これが正義だと思っておりましたが、毎日新聞調べではベストテン入りは愚か、”その他”にもありませんでした。母はいったいどこから「メカコカコ」を授かり私と姉に伝授したんでしょうか?
 因みに1位「柿の種」、2位「鉄砲撃ってバンバンバン」、3位「なのなのな」。
いずれも聞いたことないので、私としては、なにそれ?柿の種って、なんで鉄砲撃っちゃうわけ、なのなのなとかいってるしープッ、みたいな感じで軽蔑してるわけですが。息子達には「メカコカコ」を強要しとこうと思います。(あっ、指つった)


 僕は足早に廊下を進み自分の教室を目指した。今日は物理Uが気前良くチャイムの前に終了したので、風邪薬をくれた優しい彼女の正体を見る絶好のチャンスだった。軽く息を弾ませながら3年10組の後ろのドアに到着したとき、ちょうど終礼のチャイムが鳴った。まだ誰も同じ廊下には到着していない。胸が高鳴るのは早足のせいだけではなかった。教室からは日本史の教師の締めの言葉に続いて起立の号令が聞こえ、同時に40個のイスが一斉に床を滑る騒音が響いた。僕は後ろのドアの窓から教室を覗き、窓際後ろから3番目の頭を射るように視線の照準を合わせた。が、やはり幾重にも重なった”その他”の生徒達にさえぎられ見えない。気持ちのない礼がダラダラと40個の頭を垂れさせ、ケジメなくばらばらに解散し始める。彼女を隠す盾が左右に交差しながら散らばり、その隙間から窓際で教科書とノートをブックケースにしまう小さな女子が見えた。背は低め、太くなく細くなく、髪は肩までのストレートで左右で縛っている。誰だろう。そして彼女は振り返った。同時にドアが開きガヤガヤと生徒たちが僕の隣をすれ違う。僕は彼女の顔を一瞬見た。もっと見れただろうが一瞬見て目をそらしたのだ。健康的に焼けた肌と、白い八重歯と、笑顔で張り出した頬にはくっきりと窪んだ笑窪。その眩さに顔も胸も火が付いたように熱くなり、咄嗟に、目が合ったら全てが終わると思ったのだ。名前もクラスも知らないどころか見かけた記憶すらない。こんな子が同級生にいたのか・・・こんなかわいい子が。今思えば彼女の容姿が記憶になかったのは彼女が平凡な容姿だったからに違いない。なぜなら誰もが思うかわいい子を2年数ヶ月ものあいだ”この僕”が見逃すはずがなかったたからだ。しかしその平均的女子高生の容姿に、凝視に耐え難いほどのときめきを抱いたのは、間違いなく僕の心の問題なのだ。僕は彼女が後ろのドアから教室を立ち去るのと同時に前のドアまでわざと遠回りして教室に入っていった。

(長くなっちゃいました・・・)

2006年12月7日(木)

 マウスといっても夜な夜な現われては未だ捕えられずにいるランボーネズミのことではない。パソコンマウスのことなのだが、画面を上下にスクロールするローラーがバカになって一瞬にして最下段までジャンプしてしまう。ゆっくりと回して画面の上方を表示しようとしても、あるとき突然ガクッとスクロールアップしてしまう。右側のスクロールバーだけを見ると徐々に、上がってきて、上がってきて、上がってきて、もうちょい、あとちょっとで最上段、ガンバレ!、と思ったら突然底までドーーーーン!。
まるで
 「ハワイへのご招待、10問正解して、さあ、夢のハワイへ行きましょう。ロート製薬がお送りしますアップダウンクイズ、私は司会の小池清でございます。」
 「そして、問題を出すのはこの方です。」
 「問題を差し上げます佐々木美絵です、どうぞよろしくお願いします。」
アップダウンクイズのようだ。

じつに イ ラ ツ ク ・・・。


 初めは他愛のない短い文章だった未知の彼女との机の上の文通は、回を増すごとに長くなり、二人の学校での日課のようになった。気の小さな僕はこのことが誰かにバレでもしたら、ちょっとしたスキャンダルになるのではないかと怯え、一往復ごとに消しては書いた。それが二人だけの秘密めいていて、よけいワクワクしたものである。
 ある日、僕が軽い風邪をひいたことを木目の便箋で伝えると、”はやく良くなってね。パブロンが良く効くよ。”と丸文字の返信があった。そして翌日も僕の体調を気遣う優しくかわいいメッセージと共に、机の中にはパブロン【顆粒】が忍ばせてあったのだ。
 完全に僕の未熟なハートは射抜かれた。

(この話、こんなに引っ張るつもりはなかったが・・・。おじさん、萌えてきた。)

2006年12月6日(水)

 きっかけは私が授業中暇をもてあまして自分の机の上に描いた”顔”を模した落書きだった。スマイルマークのような丸い輪郭と弧線の目と縦長楕円の口だけの手抜きマンガを小さく描いたものなのだが、それが見事なまでに”万物の笑顔”を表現していた。今で言う「(^o^)」に似ている。その笑顔に矢印が引かれ、矢印の元には「かわいい!」と落書きの加筆がなされていた日から、私のときめき列車はゆっくりと滑るように走り出した。少し丸まった小さな文字、それに比べて不自然に太ったびっくりマーク、一度宙返りした矢印。いつ、誰が書き足したのか。この字は女子に違いない。一般的な女子高生の文字が楷書から丸文字に切り替わったのはちょうどこの頃かもしれない。まだ微かなときめきと、すでに肥大な下心で私はその笑顔の横に楕円の噴出しを書き足した。笑顔が「みゅー」と歓喜の声をあげたのである。
 翌日、選択科目である数Vの授業が終わり、自分の教室の自分の席に戻ると、なんと机の上の笑顔が1匹増えて2匹になっているではないか。しかも新入り笑顔さんも「みゅー」の丸文字セリフ付き。間違いない、選択科目でこの席に座る女子だ。恋愛飢餓地獄の禁欲の池にあえいでいた高3男子の私にとっては、まだ見ぬ天空の桃源郷から一本の縄梯子が舞い降りてきたようなものだ。もてない男にありがちな、思考だけは転びそうなほど前のめりな私はこの甘美な出来事に浮き足立った。当りかハズレかはいずれ確認するとして、早く来い、次は化学U。

2006年12月5日(火)

 両手の人差し指で口を左右に大きく広げて「金沢ウコン」。そのままですね。

 「エグゼさん、早く元気になってください!」
 伏目がちで両手で手渡された一本の”ウコンの力”。少し頬が赤く見えるのは恥じらいのせいだろうか。私はその優しさに心が震え、いつまでもそのボトルを両手で握り締めた。彼の温もりを感じながら。はい、男性です。みんなー、ありがとーーー。

甘酸っぱい思い出が蘇る。。。。

 高校も3年になると選択科目制が設けられる。理系の人は物理Uや化学Uや数Vを選択し、文系の人は古典、政治経済、日本史Bを選択する。選択科目の時間だけはその授業が行われる他の教室にそれぞれ生徒が移動し、それぞれの授業を受けることになっていた。私は理系を選択していたが教室は文系に明け渡すので他の教室に移動し誰のものともわからない他人の机で週に4時間ほど理系の授業を受けた。もちろん時同じくして私の机も文系の誰かが使っていたのである。
 そしていつしか私の机を便箋代わりにまだ見ぬ彼女との些細な文通が始まったのである。

くぅぅぅぅぅ!

2006年12月4日(月)

 病床にむせぶ。
薬飲んで、熱い風呂に入って、アクエリ飲んで、暖かい恰好で布団にもぐりこみ寝ること4時間。悪夢とびっしょりかいた汗の臭さで目がさめた夜中の2時。小鹿のように震えながら一人パンツとシャツを取り替えるときの惨めさったらないね。今日天気がいいので敷布団を干しましたが、いつから私の敷布団は機関車トーマスの敷布団になったのでしょうか?

2006年12月3日(日)

 不覚にも発熱。フー。
この歳になると熱より全身の関節の痛みが、くぅぅぅ。
モテギにフェスティバルを見に行くことも出来ず、午前中は医者で薬をもらって夕方までくすぶっておりました。
ちょこっと仕事します。

2006年12月2日(土)


12月1日、22:37。キタキタキタキターーーーー!





おめでとうございます!
中部の女性の方が見事777,777一等賞獲得です♪
ワッショイワッショイワッショイ(^o^)/

果たして彼女はどんな商品を選ぶんでしょうか?
山岡士郎ばりの食後の感想も頂いて後日UPしようと思います。

(以下企画詳細)
777,777きり番企画
当サイト閲覧の皆様に、日ごろのご愛顧に感謝して!
777,777きり番企画しますんで!ドンドンドンドンパフパフパフパフ。
当選者にはふるさと小包テレマート
10,500円ぶんプレゼント!(またかよ)
クリスマスに北京ダックとか、お正月に最高級フグチリとか、
足りない分は当選者の自腹だけどなー!!
ドンピシャ当選者なしでもウチワで一番近い人にプレゼントしますから。
Shift + PrtSc で画面コピーしてエクセルシートにペーストとか、
必ず画面を保存してメールで送ってくださいね。
Xデーは12月1日ごろではなかろうか!?
お楽しみに♪


明日はモテギ南コースで東京栃木茨城合同フェスティバルですね。
ツイントライアル形式だと聞いております。
みに行こうかな♪

2006年12月1日(金)

■助けておくれ、NOVAウサギ!!
(注意)周囲に人がいないことを確認してからこの先進んでください。


英語、豆テスト






いきなりお約束の落書き。
ツカミみたいなもんですかね。



設問1




答え



????????

猫、猫、猫

ジュディー : が私立病院に行く。?
ジロー : 4番のバスに乗りな。
ジュディー : はそれを必要。?
ジロー : だいたい15分ぐらい。
ジュディー : 猫。
ジロー : どういたしまして。


なぜ、猫??
その謎は次の設問でうすうすわかるのである。


設問2



猫だ!!


答え



猫、猫

トム : ビンは英語をはなせるの?
アヤ : 彼は話せるわ。彼、猫、も。
トム : ビンは何匹猫を飼ってるの?
アヤ : 彼、猫。


しかも、


猫、増やしてるし。



設問3




答え

はい、みんさん、もうおわかりですね。



猫、猫、猫、猫、猫、猫

アキラは新しいギターを持ってるの?
猫、彼、猫。
ケイコは数学が好きですか?
猫、彼女、猫。
ケイコは沢山のCDを持ってるの?
猫、彼女、猫。




設問4



@パットは猫。

Aこれは猫。


パットって誰??


  落書き・・・


どうやらペットと間違えた。らしい。



_| ̄|○

先生、こういう場合、どうしたらいいんでしょうか?



目次

2006年12月ぶん