参戦記 (2011年)



大会名称 日付 場所 天候 クラス 結果
全日本ジムカーナ
第4戦
2011年7月3日 オートスポーツランド
スナガワ(北海道)
ドライ PN1 3位

 土曜日の1本目にまさかのクラッシュ!そして目が覚めたのでした。

 気合と根性で挑んだ公開練習のファーストトライはぐんぐんと速度を増し、インフィールドから外周に飛び出した途端にまったく曲がりきれないことに気づいた。フロントタイヤが横滑りしながら鉄骨フレームのスポンジバリヤに一度乗り上げ、鈍く太い音と頭を揺さぶる衝撃とともに愛車フィットは停車した。
 フロントバンパーは無残に大破し、車体の左側面はスポンジバリヤに強く接触した擦り傷だらけになった。インナーフェンダーを引きずりながらのパドックへの痛々しい帰還を多くの憐れむ視線が迎える。恥ずかしさと深刻さと虚脱と困惑と絶望と不安と・・・、心はパニック状態だった。心配し励ましてくれる人。復旧作業を手伝ってくれる人。道具や知恵を貸してくれる人。冷たい飲み物をそっと置いていってくれる人。親切にしてくれる多くの人々に心から感謝したい。特に同じフィット仲間の工藤選手には最初から最後まで復旧作業に尽力していただいた。彼の親切は今思い出しても胸が熱くなる。このように多くの方々の助けを頂いて、つぎはぎだらけの二本目を走ることができた。ありがとうございます。m(__)m
 復旧の早さに比べダメージは結構なものだった。フロントバルクヘッドクロスメンバーはぐしゃぐしゃになりラジエターとコンデンサーは宙ぶらりんの状態だった。それを重機とワイヤーでつないで引っ張って大雑把な復元に成功した。左フロントロアーアームもじゃっかん変形し、サブフレーム取付部も変形していた。トーとキャンバーが狂い、自慢のメッキホイールは無残な傷にえぐれた。とわいえラジエターやエンジン、ミッションにダメージがなかったのは不幸中の幸いだった。のちの修理代は18万円也。

 だが、これほど気合と根性で攻めても、クラッシュ直前まで西野選手に0.4秒遅れていたらしい。私がたずねて西野選手の奥さんが教えてくれた。これにはさすがに愕然とした。もちろん2本目もぶっちぎられた。その晩は不安とフラッシュバックに何度も目を覚まし、決勝の朝を迎えてしまった。

 決勝の1本目は2秒ぶっちぎられた。開幕から全てのドライ路面でぶっちぎられている。手も足も出ない。しかもさらなる追い打ちがあった。山越選手のクラッシュだ。公開練習でコーナーによっては西野選手より速いトコがあるんですょ、と言っていた山越選手は、勢い余ってガードレールに乗り上げデミオを大破させてリタイヤとなった。これが私には、まるで追いつかない幻影に誘われたかのように思えてしまったのだ。スタートラインについた私の目の前でコースアウトした赤田選手も同じだ。昨日の自分がそうだった。負け戦の末の玉砕。戦意喪失。まったく勝てる気がしない。遠すぎて彼を見ることさえ危険に思えた。

 2位狙いで走った2本目は出走前に4位に落ち、走り終わってギリギリの3位奪還にとどまった。リアタイヤのエアーを3.5kにあげてみたが期待した動きはまったくみられなかった。今回はクラッシュから復活しての表彰台をヨシとしようと納得した。ひとつのコーナーを曲がるたびに差が開くポテンシャルの差。きっちり直して次のSUGOまでに1コーナーで0.1秒速くなるセッティングを見つけなければ。それ以外に西野選手との差を埋める手段はないと気づいた。僅差なら気合と根性で挑んだろう。関東チャンプ同様、ぶっちぎられても信頼できるライバルだからこそ気づいた。もちろん他の選手の話や走りにもヒントがある。PN1はこの先進化しなければならない。


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