参戦記
 出身地ではないが中部里帰り第2弾の鈴鹿南コース。以前に少々走ったことがあるので、初めてのところよりは精神的に楽なのだがその考えが甘かった。走りなれた箇所もあるが、初めての箇所もあるわけで、これがジムカーナの常識なんだけどね。そして落とし穴はどちらにもあった。

(炎天下でのWT)
晴天の金曜日、フリー走行。去年のRE540S(GS)を履いて2本目でいきなりベストタイムをたたき出した。午後にRE55S(TT)を使ったがタイムは更新できず、結局その日は自分も含め誰にも抜かれることなく終了した。周りのみんながRE540Sで好タイムを出したことに驚いたが、僕自身はタイヤのことより路面温度とタイヤ粕の影響が気になった。その日の夕方、息子をサーキットランドに連れて行き、たまたま観覧車からコース清掃車が入っているのを確認した。
晴天の土曜日、公開練習。午前は単純周回1周、午後は本番コース1周だったが、前日と同様に午前のグリップが遥かに高いのを感じた。そして僕は、この上ない快晴の本番当日にWTを選択したのである。理由は三つ、路面温度が上昇する2本目でのタイムアップはないと確信したこと、僕の走行予定時刻が9:00ごろになり路面温度の守備範囲はWTと予想したこと、慣れたコースでしかも前日に本番コースを1本走れたことにより攻略法を固められたこと。つまり1本目に勝負をかけたのである。540Sの選択も本気で考えたが色々考えて結局のところRE55SのWTに決まった。N2クラスのBSユーザーでWTを選択した人は僕意外にいなかったのではないか。しかし、今でもこの判断は正解だと信じている。実際N2クラス24台中、タイムアップしたのは僅かに1台だったのだから。

(2種類の誤り)
1本目でタイムを落としたのは走り慣れたS字と、慣れていない2箇所のショートカットの進入だった。
S字はスラロームと同じくリズムが肝心で、特に最初のコーナーの脱出ラインが一番大切だと思う。このラインを一瞬早いアクセルONで外してしまった。以降、2コ目のコーナーまでその影響が及んでしまい水をあけた。ショートカットの進入は、思ったとおり走って遅かったのだから重症患者だ。慣れない箇所での読み切り間違いに経験不足を痛感した。この区間はダントツで津川選手が速かった。慣熟歩行のとき津川選手はこの箇所に長い時間立ち止まり思案していて、僕はその横を振り返りながら通り過ぎたのを思い出した。
慣れた箇所のテクニックの誤りと慣れていない箇所のイメージの誤り。先月研究会レポート10、11で僕が書いたそのまんまなのだが、このようにミスの原因を分析できるとことは、ただ漠然とミスを反省するよりも成長しやすいし落ち込み度合いも少ないように思う。全日本戦は未熟な僕にいつも何かを教えてくれるからありがたい。

(Stop The Ohsawa By Kyuten)
無敵を誇るジムカーナ界最速の大澤選手が負けた。大澤選手の連勝にストップをかけたのが中部の小林キュウテン選手。この特徴的な名前を皆さんご存知と思うが。
残念ながら僕は彼らの1本目の走りを見ることができなかった。今となっては非常に悔やまれるのだが、2本目の優勝が決定する瞬間は見ることができたのである。キュウテン選手のトップタイムを抜かすべく最終ゼッケン大澤選手が爆音と共にスタートしたときは僕も興奮した。そして2コーナー立ち上がりで異音と共にマシンがスローダウン!アナウンスも観客も同時に「あっ!!あ〜〜」。ピット脇のキュウテン選手の周りにどっと人が押し寄せ、歓喜があふれた。大沢選手には申し訳ないがタイムダウンが目白押しの2本目にあって一番引き込まれた瞬間だった。王者は勝っても負けても盛り上げてくれるのである。
同じDクラスの大江選手が片づけをしながら笑顔で僕に「先を越されたのが悔しいね」といってくれたのが印象的だった。N2の2強はいまだ健在で不動である。欲を言えば先を越すのは僕でありたい。

(表彰式の楽しみ方)
見ないで帰っても特におとがめはない。人によってはさっさと帰る人もいたり、自分の片付けに手一杯で見ない人もいる。僕も昔はそうだったが、最近は表彰式を見るのが楽しくなってきた。おっさんになって心に余裕ができたのかもしれないが、喜びを分けてもらえるように感じるのである。同じ地方の仲間だったり、情報交換や励ましあえる知人だったりが表彰式にうれしそうに出ているのを見ると、こちらも惜しみない拍手をしながらニコニコしてしまう。もちろん僕と同じクラスでもしかり、N2クラス3位の加藤選手は地元選手からの歓声と拍手を浴びて最高の笑顔で表彰台に立った。もちろん僕のライバル選手の一人だが見ていて僕もうれしくなった。”勝ちたい自分”の敵は”失敗する自分”であり、ライバル選手は敵ではなくより良い走りを教えてくれる先生なのである。この考え方は羨む表彰式から喜べる表彰式に変えてくれた。
僕と同姓の中嶋選手は、沢山の仲間に車椅子を持ち上げてもらい表彰台に上がった。僕には彼が涙をこらえているように見え、僕は例によって。。。佐川さん曰く「また始まった」。ほっといてください(^o^)

応援に来てくれた旧友や、昔中部で一緒にジムカーナを楽しんだ方々から沢山声をかけていただき大変感謝しています。ジムカーナは僕の存在感を自覚できる一つの大切な場所なのだと改めて実感できました。

大会名称 日付 場所 天候 クラス 結果
全日本ジムカーナ
第8戦
2003年9月6〜7日 鈴鹿南コース ドライ N2 7位