参戦記
北海道初上陸!当初SUGOから鈴鹿までの範囲で参戦する予定が、広島に続き北海道にまで足を伸ばしてしまった。すっかり全日本戦にはまってしまったわけだが、今回はスナガワのワナにもはまってしまった。

(コンビの力)
今年の全日本戦で初めての僕一人の参戦となった。今月のPD誌のSUGOの記事に「エグゼスポーツ勢」と書かれていたが、この”勢”とは、佐川さんと私のことで組織的な勢力を意味する。そして今回の単身参戦は、いつも二人で考え、反省して研究して今の結果があることをつくづく感じたし、一人ではやはり自分の経験や考えを1本目から超えることが難しいことがわかった。よく言う半人前なわけだ。僕は理論的な考え方が主体だし、佐川さんは直感で物事を捉える。よいコンビだと僕は一方的に思っているし、事実昔からO型の人とはよい仕事ができるのである。そして重要な条件がもうひとつ、それはお互いがライバルであること。互いに切磋琢磨することで他の勢力をいつしか蹴散らすのである。それと何よりも、ソロよりコンビ、コンビよりトリオの方が楽しいし。

(つじつまの合わないタイヤ選択)
真夏の様相、2本目は気温も30度近く上昇し路面温度は推定40度後半。そんなことは朝の天気予報を見たときから想像していた。だが昨日の練習2本目で結構責めきれた走りができたので本番当日は1本目に勝負をかけたのである。だからタイヤはWTを選択した。今となっては身の程知らずで全く恥ずかしい限りだ。最近の自分の実力からしてつじつまが合わない選択をしてしまった。

(ビデオ分析)
今回もビデオ分析ができた。撮影は???実は見ず知らずのギャラリーの方に撮影を頼んだのである。快く引き受けてくれたし、とても上手な撮影に感謝し助かった。そのギャラリーの方が、「こちらこそ貴重な体験ができて。。。」といってくれたのである。この言葉には身が引き締まる思いがした。観戦料を支払って(若かったので多分)あこがれの全日本を見に来て、初対面の全日本ドライバーに突然仕事を依頼されたことを喜んで一生懸命やってくれた。彼にとってよい思い出になるように表彰台に立つべきだったのに。。。この場を借りて感謝いたします、ありがとう!

(スナガワのワナ)
スナガワは石狩川の中洲にあり、競技車が走行していないときはヒバリのさえずりがのどかに聞こえる見晴らしのよいところだ。長方形(僕の見た目で200m×80m)の敷地にいろんな形の島を配置したカートコースで、コースのパドック側にはパイロンセクションの広場がある。この広場にワナがあった。路面がそこだけサンドペーパーのようで、フロントはグリップしないがリアーがスライドしない、なんとも厄介な路面なのである。実際サイドセクションでの失敗に泣いた選手も多かった。僕も多分にもれず前日練習の360度ターンはリアーがスライドしないでベタベタのグリップになってしまった。本番当日はリアータイヤの空気圧を2.8Kに上げ、走行前にはリアーパッドを外してクリーニングする羽目となった。しかし1本目、パイロンセクション進入のブレーキングで大きくアンダーを出し、2本目アンダーに気をつけたら今度は270度ターンがベタグリップになってしまった。ライバルたちの笑い顔をみて運転中の僕も苦笑した。

(N3クラスに感動)
地元丹羽選手が2本目に1本目の山野選手のトップタイムを更新した。もちろんギャラリーからの歓声と拍手!僕はこういう場面が大好きだし、すごく感動してついつい涙が出てしまう。もう青年ではない証かも知れない。。。それを小林選手がさらに抜き返し、柴田選手はわずかに届かず、山野選手はタイムダウン!4位までが0.1秒に入る接戦を見せてくれた。ガードレールやタイヤバリヤに車を擦りながらの闘志は見ていて本当に感動した。僕が2本目走行直前に大槻選手に「僕が入賞したら大槻さんも絶対入賞しなきゃだめですよ」といって自分を奮い立たせ、約束どおり大槻さんも入賞!これもかなりうれしかった。でも同じ入賞でもこーも違うものか、だって僕はガードレールまで50cmも空けてアクセルを抜いたんだもん。。。(^^;;;

(豪華客船)
帰りのフェリーは苫小牧〜仙台で当日はこれしかない。だから実に豪華メンバーが集うフェリーとなった。僕は矢島選手や瀬戸選手、飯島選手と酒を飲みながら談笑できたし、田原選手や小林選手ともお話できた。15年も若かったらサインの一つも頼みたくなるようなメンバーばかり。これだけでも今回の参戦は充分価値があったと満足できた。

次戦九州はエグゼスポーツ勢はお休み。いつもはライバル選手の健闘を心から祈るばかりです。そして第7戦伊那は奇跡が起きることを信じて祈って。。。。お楽しみに。
大会名称 日付 場所 天候 クラス 結果
全日本ジムカーナ
第5戦
2003年6月22日 砂川
(北海道)
ドライ N2 6位